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親友墜つ

2010.10.23.Sat.22:53
大学時代、私は男友達に恵まれた。
基本、学科でも、部活でも同期は男ばっかりだった。
学科では、今は東北新社の経理のドン河合君と、音響部の二郎ちゃん、そして、松竹で長いこと新橋演舞場にいたはっつぁん。何年か前に松竹の本社、演劇部に移って、その頃から会ってなかったんだよなあ。
はっつぁん・・・。

今日は、多摩川に昼過ぎに走りに出て、尾山台の東京都市大学のグラウンド過ぎたあたりで折り返して、読売のグラウンドがあった頃、王さん、長島さん、桑田などが通った小池商店で、焼きそばを買い、多摩川台公園に行って、気持ちよく食べ、あとは歩いて帰った。

帰ってゆったりとしていたときに、電話があった。

二郎ちゃんから。たぶん、二郎ちゃんから電話があったのは、初めてじゃあないだろうか。

懐かしさに「ご無沙汰。元気?」なんて聞いた私だが、一瞬悪い予感はあった。だって今日日、電話はそれしかないだろう?

「はっつぁんが亡くなった」・・・・

はあ? うそでしょう?

動揺する。今だって、動揺している。今夜はやけに満月が明るかった。

はっつぁんは、日芸に入学する前に、日大の理工学部を卒業している。だから、私たちの同期では一番の年長で、だからって、順番を守るのは律儀だけど、早すぎるよ。

はっつぁんの奥さんは、同期の女子で、いいうちのお嬢さんだけど、なかなか変わっているけど、面白い子だった。今は、急なことで、大変らしい。そうだろうなあ。はっつぁんは、ああみえて、つつんで守っていただろうし。

二郎ちゃんには、私に電話をくれる前に河合くんに電話したけれど、つながらなくって、私に電話をくれたらしい。

はっつぁんは、大阪の河内かなんかのいいとこの坊ちゃんで、だけど、お父さんが早くに亡くなって大学生の頃には、お母さんと高輪のマンション住まいだった。結構な遺産があるとは聞いた。お母さんは上品な方だった。

はっつぁんで一番の思い出は、彼の卒論の清書だな。
提出日の前の日に、私と二郎ちゃんとではっつぁんのマンションに行き、はっつぁんが書いた原稿をふたりで次々を清書した。っていうか、前の日だよ! 

一晩頑張って、それでも時間が足りず、次の日は図書館に行って、続けたのよねえ。はあ。

なんとか、提出期限に間に合って、無事卒業。二郎ちゃんと私がいなかったら、どうしたんでしょうねえ(笑)。
そのときにね、二郎ちゃんはなぜか、アリスの「遠くで汽笛を聞きながら」のエンドレスカセットテープを持ってきてさあ、意味わかんなかったよ。

はっつぁんには、なぜか彼のカシミアのセーターももらったなあ。あったかかった。カシミアの上質のセーターって、あったかかったよ。

卒業後は、卒論がそんな状態だったのに、めでたく松竹に入社したはっつぁん、タバコの自動販売機やら駐車場の部門を経て、新橋演舞場の団体係へ。いろいろな演目のチケットを送ってくれたなあ。

世話になったアパートの隣のおばちゃんに大好きな五木ひろしのリサイタルチケットとってもらたり。

はあ。飲んでなかったなあ、最近。











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