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まったく、なんてこった

2015.02.22.Sun.10:00
2015年は、始まった当初から、試練の年となった。というか、試練が始まったと思った。
父がようやく療養型病院へ入院して、かわいそうだけれど、最期まで居られるところにおさまったから、一安心した矢先。
実際、父はその後、月に2,3回は熱を出して、なかなか病状が治らないものの、ステロイドの量も減ったとのことで、血液の病気は、専門の先生に見守られ、経過は良くなっているようだ。遺伝子検査をしたらしく、後天性血友病とわかったらしく、100万人に一人の難病で、山形大学へ血液を50cc研究のために提供した。
そんな病気だったのか。
先日、担当医から弟に電話があり、胃瘻による流動食なのだけれど、唾液でも誤嚥性肺炎を引き起こすために、発熱のリスクがあり、静脈カテーテルによる点滴にしたいとにこと。
見舞いに行きたいが、行けなくて、ごめんなさい。

なぜ行けないか。

1月12日、成人の日、夫が脳内出血で倒れました。お誕生日からわずか一週間、60歳になったばかり。

50ccの出血が、脳のなかで起こった。職場で、本番中だった。夕方6時すぎのことで、本番も終わりの頃だったらしい。
この辺の時間が実際、自分でも曖昧。
家電に電話があった。
音響のまっちゃんから。

まだ救急車の救急隊員がいるときに、電話をくれた。

そのあと、ホールの担当の人が一緒に救急車に乗ってくれ、連絡をくれる。向かったのは、慶應義塾大学病院。これは幸運だった。
休日はやっている病院が少なく、医師も詰めていない場合もあり、幸運だった。

入院に必要と思われるものを持って、駆けつけたつもりだが、抜けている。あれこれ思いつかず。慶応と聞いて、変に落ち着いて、ホールの方に、漢字はどれと聞いたのは、私です。ほら、京王だったら、ね。

重篤だった。

脳内出血に加え、くも膜下出血もしていて、脳動脈瘤の疑いもあり、翌日は様子を午前中見て、カテーテル検査。結局、最悪の脳動脈瘤はなく、高血圧による、脳の毛細血管が破れた、とのこと。

左側の脳なので、右半身麻痺に、言語障害があると。

それからの一ヶ月、いろいろあった。辛かったよ。

脳動脈瘤はなく、手術しないで脳の腫れが治ればよかったのだけれどそうもいかず、結局、1月26日に、血腫を取り除く開頭手術を受けなくてはいけなかった。
その前に、慶應義塾大学病院の一般病棟へは、差額ベッド代が払えず、だって、1日最低3万7千円だって。1月19日に急性期転院を。荏原病院へ。これは、こちらにとっても好都合。よかった。

仕事よりこちらが優先だが、ちょうど校了直後で、バタバタしても、仕事は普通にこなせたからよかった。
荏原病院への転院のために責任者の先生との面談が、取材と微妙に時間がせっていて、5分ほど遅れたのだけが、やばかったけど。
偉い先生方が集まるアレンジの審査会で、さすがに焦って、病院からタクシーを飛ばしたが、運転手も察してくれて、ほぼセーフな感じで、ホッとした。

確か、荏原病院へ転院して、少しして、病状が落ち着かない頃、夜、昔から知っているプレイヤーの先生に、夫と同い年の人に電話していて、病気の話題になり、つい、話してしまい、泣いてしまって申し訳なかったのだけれど、励ましていただいたのは嬉しかった。
もちろん、会社の人は知っているが、クライアントにはまだ話していない。仕事は仕事だからね。これからも話すつもりはない。

倒れて、ICUの住人となり、荏原病院の脳卒中センターのSUから手術して再びICUへ。10日ほどして再び、SUに移り、そして、2月18日にようやく一般病棟の4人部屋へ。

お陰様で、リハビリモードに移行できました。


さあ、あとは、リハビリです。

来週、回復期リハビリテーション病院への転院を目指し、面談に行ってきます。
車椅子にも乗れるし、テレビも見られます。なかなか声が出ないけどね。

言語療法士によるリハビリも1週間前の月曜から始まっています。先週の木曜日には見学させてもらいました。


気長にね、頑張ってもらいますよ。

このまま、寝たきりなるのでは、とか思ったけど、ひかりがさしてきましたよ。

ようやく、ブログにも書けました。

仕事と介護の第二の人生に突入ですが、案外悲観も自暴自棄にもならないねえ。

みんなが私の体調を心配してくれるけど、しんどい時期第一波は凌ぎました。
お隣さんの友人や電話で話を聞いてくれる飲み仲間、ほかにも心配してくれる大学時代の同期も夫の兄さんたち、姉さんたちもいます。夫の仕事の仲間もいます。会社の社長もみんなが応援してくれています。
もちろん冷静な息子もいるし。

頼れる人にはガンガン頼って、無理はしません。

仕事も決して手は抜きませんし、いいものにします。

まだまだ実はこれからが大変だろうけど。
夫の友人たちにはどう話したものかとか、悩むけど。

私の経験は無駄にはならないし、夫を病気で面倒見るという意味では、これから人様のお役に立てるかもしれないし。

ということで、久々の更新がこんな話で、重かったけど、人生甘くはないのだから、お許しを。




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